母の記憶そしてイオン

じぇると

今回の地震で改めて日頃からの

準備をもっと考えないと

いけないと思いました。


高齢者を連れての避難。


その時はどういう行動をとるか。


母がお風呂から立ち上がれなく

なった時、股関節で歩けなく

なった私が必死で救いだす。


その時は救急車を呼んで

なんとかなった

危険はお風呂だけでは

ない、、



ニュースを見ながら母は

16歳の時におこった南海地震

の話を始めた。

池まで走って行った。


とても怖かったし

不安だった、、

終戦後の約一年後だったと。


母はその話をして、ずっと

地震のニュースを見ている


こんな暑い中、クーラーだって

使えない、、

うちだったら何人かなら

泊まれる(受け入られる)

、、とか



戦争も災害も96歳の母には

記憶があまりにも鮮明で

微力ながらも力になれないか

と。


この年齢でもそういう

強い気持ちが出てくるのか、、

と思い、この時代を生きて

来た人の強さを知る。



そしてイオンの記者会見


イオンでパートさんに行って

いた方に聞いたのだが


イオンは月に一度?安否確認

をしているそう。

コロナの頃から?はっきりは

わからないが、、

返信を知らない、忘れてた、

操作がわからなかったでは

すまされないそう。


改めて思う。

安否確認大事だ。


そして問題はもちろん

残りながらもがイオン

少し見直した。





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